インドの労働法」は、研究テーマですので、この内容をもとにインドの労働法について行動、判断することはおすすめできません。作成時期2008年

インドの労働法概要

インドの労働法制の特性

  • 第1に、一般にインドの労働法制は労働者保護的で国による規制的側面が強いという特徴がある。
    日本では集団的労使関係の当事者である労使が協議によって定めるような事項も、インドでは法律で規定されている場合がある。規制的側面は法律だけによるものではなく、国は労使関係を法秩序の問題として産業平和実現のため積極的に介入してきた。結果として、労使関係において対話による二者間関係の構築が阻害されてきた側面は否定できない。このあたりは日本の労使関係と対照的である。
  • 第2に、インドでは労働法は州レベルでも一定の範囲内で制定や修正が可能で、結果として、州ごとに労働条件が異なってくることがある。
    各州が産業発展を目的に企業投資の誘致競争を繰り広げる場合、労働法制や労働政策がこの競争に巻き込まれて、労働条件が切り下げられる可能性もある。また、労働諸法で「所管政府」(appropriate government)について規定するものがあるが、それが中央政府を指すのか州政府を指すのか、時として解釈に混乱が生ずることがある。今日の労働法制に関する中央政府の1つのアプローチとして指摘できるのが、労働法の修正を含めて、州レベルで労働に関する改革のイニシアティブを取らせて様子を窺おうとする面がある点である。もちろん労働組合ナショナル・センターはこの動きを強く警戒している。
  • 第3に、インドの労働関連諸法の多さである。
    労働法の数が多いことに加えて、労働法間で用語の定義が異なることもあり、統一的な定義の必要性が指摘されている。また、法律ごとに時として異なる管理帳簿等の維持や届出などを定めており、運用が煩雑である。
  • 第4に、インドの主要労働法は制定からかなりの年月を経たものも少なくない。
    制定以降は修正という形によって条項の追加・削除・変更が行われているが、今日の経済環境の変化に労働法が対応していないという批判がある。
  • 第5に、労働法制の定める労働者保護の恩恵を受けるのは就業人口の1割に上るかどうか、インドのごく一部の労働者である。
    相対的に労働条件が劣っている小規模組織・未組織部門には適用されない労働法が多い。関連して、インドでは一般にホワイトカラーの一部と管理職には労働法が適用されず、管理職だからといって高い労働条件が保証されているわけではない。
  • 第6に、労働者保護に関連して、労働諸法の履行に関する監督が行きわたっていない。
    インドでは輸出加工区(EPZ)や経済特区(SEZ)にも労働諸法が適用される。産業界からは適用除外を求める声が強い。州レベルでは労働諸法の適用を緩和しようという動きも報じられている。

インドの労働紛争

1947年労働争議法は労働争議に関する手続や調停を定めている。

また本法は、労働争議に発展しそうな事柄として雇用保障に関連する事項も規定し、労働者への労働条件変更にともなう事前通達や経営参加、不当労働行為についても定めるなど、労使関係の広い領域をカバーしている。

まず労働争議に関して特徴的なのは、日本と異なりインドでは使用者の先制的ロックアウトが一定条件の下に認められている点である。
労働争議に発展しそうな「懸念」があればロックアウトが可能であるとされ、労働組合や労働研究者から問題視されている。

争議の調整手続として、仲裁に付託されるのは次の時である。

  1. 調停手続が失敗してその報告を受けた政府が仲裁付託を決定する場合
  2. 調停手続を経ないではじめから政府の仲裁付託決定が行われる場合
  3. 紛争の両当事者が共同して、または個々に仲裁を申請し、申請者が各当事者の過半数を代表する者であることを当該政府が認めた場合
  4. 紛争の両当事者が仲裁付託に合意し仲裁者に仲裁を付託する場合

仲裁は、権利争議は労働裁判所、利益争議は産業審判所、また、全国的な重要性を有する問題や複数の州にまたがる争議は全国裁判所に付託される。仲裁手続中及び手続終了後から2カ月間、また裁定の有効期間中はストライキ、ロックアウトが全面的に禁止されている。

雇用保障にかかわるものとして、従業員の解雇、レイオフ、事業所の閉鎖の際は、50人以上を雇用する事業所には所管政府への届出が、従業員規模100人以上の事業所には所管政府からの許可の取得が義務付けられる。
しかし、所管政府からの許可はこれまでなかなか下りず、また許可が下りても非常に長い時間がかかることから、産業界は本規定の削除・修正を強く迫っている。なお、本法の条項自体は永続的な雇用保障を定めるものではなく、また実際には希望退職制度(VRS)による人員削減が進んでいる。

労働条件の変更に関しては、労働争議法は変更によって影響を受ける従業員に使用者からその旨を21日前に周知するよう規定している。つまり本規定は事前通達を定めるが、使用者は変更について組合の理解を得られない場合に争議の火種となることを強く懸念し、本規定の修正を求めている。

労働争議法で定められる不当労働行為に関連して特徴的なのは次の点であろう。
すなわち、日本では使用者による労働組合の団体交渉の拒否は不当労働行為になるが、インドでは承認組合との誠実な団体交渉の拒否が不当労働行為とされる。

インドでは少なくとも中央レベルにおいては組合承認に関する規定がない。このため、使用者が団体交渉の相手を恣意的に選ぶことが可能となってしまう。他方で、2001年の労働組合法修正以前は労働者7人で労働組合が結成できたことから、組合の乱立によって労使関係が混乱していたのも事実である。
実際には、法規定がなくとも使用者が自主的に交渉組合を承認して良好な労使関係の構築に取り組む例も見られるが、インドの現状を省みて、労働組合の承認に関して何らかの対応を取る必要性が指摘されている。



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